細胞外小胞EVが健康に革命を起こす (6)

waste products and cells

EVは細胞が誕生する前から存在した

細胞から飛び出るEVが細胞より先にあったというのはちょっと変ですが、細胞の起源を探る研究から、おそらく細胞ができる前に膜小胞があったと考えられます(IRENE A. CHEN ,2006 )。

それは生命の起源における細胞の出現までさかのぼる必要があります。最初の生命はルカ(LUCA)と呼ばれています。約38億年前の海底のアルカリ性の熱水噴出孔で誕生したとされています(N. Lane, 2010)。熱水噴出孔がアルカリの鉱物の中を通過するする際に、薄い硫化鉄の膜にエネルギーをつくるために必要な水素イオン勾配を形成することができたからです。

水素イオン勾配とは、膜を隔てて電位差ができることを意味しており、水素イオンが膜を横切ることでエネルギーをつくることができます。この時の膜は絶縁性が低くて電位差は保てなかったようですが、まわりは酸性の海で大量の水素が供給されるのでエネルギーをつくることができたようです。

ルカは熱水噴出孔から動くことはできませんでしたが、自己複製したRNAを周囲に自然発生した脂肪酸の膜小胞に入れることに成功したかもしれません。この脂肪酸の膜小胞はいろいろな大きさのものがあったようですが、自己集合して二重層小胞になり、大きなものに小さなものが吸収されて成長し、一定の大きさになると分裂するというサイクルを繰り返す能力を持つようになります(Irene A. Chen, 2006)。

重要なことはアルカリ熱水噴出孔と同じように膜間に水素イオン勾配を実現できるかどうかです。熱水噴出孔の周囲で生きていくためには、現在の古細菌のような姿が理想的です。最初の細胞膜を持った生物は、古細菌であったと考えられています。

水素イオン勾配をつくるためには細胞膜の膜電位を保つということが重要です。最初は酸性の海水中の豊富な水素イオンを使って細胞膜に水素イオンの勾配を形成して、二酸化炭素と水素からメタンや酢酸に変換する経路(アセチルCoA経路)が実現したのではないかと推測されています(M Preiner,etal,2020)。その後は細胞膜の絶縁性が改良されて熱水噴出口から独立していったと考えられます。

最初の条件では100℃の酸性水溶液に耐える膜が必要です。現在の古細菌の細胞膜はエーテル脂質という特殊な脂質でできており、非常に高い耐熱性があります。最初の細胞膜を持った生物は古細菌であったと考えられていますが、われわれ真核生物や細菌はエステル脂質を細胞膜に採用しています。

エーテル脂質もエステル脂質もともに膜形成能力を持っており、最古の生物は古細菌ですが、細胞発生初期にはエーテル脂質を持った細胞とエステル脂質を持った細胞が並行して発生したという考え方があります(西原ら, 1990)。

古細菌から細菌が分かれ、そのあとに古細菌から真核生物が分かれたと考えられています。そして約20億年前に、酸素呼吸のできない古細菌が、酸素呼吸ができる細菌(プロテオバクテリアといわれている)を取り込むという進化史上の大事件が起きます。この時に取り込まれた細菌が持っていた細胞膜がそのまま引き継がれます。それが真核生物のミトコンドリアに進化します。

ミトコンドリア膜は最初からエステル脂質であった可能性が高く、そのあと細胞膜もミトコンドリアと同じエステル脂質に変わったと考えられます。細胞膜の方は多細胞生物に適した脂質に徐々に変化したと考えられますが、ミトコンドリアの膜成分の中心はカルジオリピン(CL)です。なぜならエネルギーをつくるためにCLが必要だからです。

また同じ環境に住んでいる細菌と真核細胞は、膜小胞を介して交流があったと考えられます。真核細胞は細菌の細胞膜をそのまま採用したわけではなく、リン脂質についている脂肪酸を入れ替えて真核生物にあった細胞膜に変化させています。これは現在でもリモデリングという形で行われており、細菌の細胞膜を取り入れると、細胞の中でリン脂質の脂肪酸部分が取り替えられます。

膜の絶縁性は最初のものから改良されて、細胞内に十分な水素イオン勾配を形成できるようになりました。

細胞膜電位が細胞の命

ミトコンドリアの細胞膜には特有のリン脂質CLが含まれています。CLはミトコンドリアの機能を支える最も重要な成分なのです。

生命の出発点が膜の水素イオン勾配であり、この膜電位がなくなると、その細胞は死んでしまいます。いまでも真核生物のエネルギー工場として細菌出身のミトコンドリアに依存しており、生命の誕生からいまに至るまで水素イオン勾配による膜電位が、私たちの生命を支えています。そしてその機能はCLによって実現されています。ちなみにCLが負電位を持つため、ミトコンドリアは負電位となります。

ミトコンドリア以外の細胞膜にはCLは含まれていませんが、同じエステル脂質のリン脂質でできています。具体的にはホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルセリン(PS)などです。二重膜の外層にはPCが多く、内層にはPSが多くなっています。PSは通常内層にありますが、外側に出ると細胞がこわれていると判断して、マクロファージが貪食します。これはeat me(私を食べて)サインと呼ばれます。

細胞膜の役割は、細胞質の中のNaやKなどのイオンを制御することです。単純に考えれば細胞質に太古の海を再現しているとも言えますが、細胞の内部環境は非常に複雑です。細胞膜電位はミトコンドリア膜電位とつながっており、お互いに影響します。Ca2+などのイオンが細胞膜の孔を通過して細胞膜電位に変化があると、ミトコンドリア電位にも影響を与えます。

ミトコンドリアに異常なストレスがあると、通常はエネルギーをつくっているシトクロムcというタンパク質をミトコンドリアの外に放出して、アポトーシスかパイロトーシスの指令を出します。

アポトーシスとパイロトーシスのどちらを選択するかは、大変大きな問題です。これはマクロファージの自爆死はミトコンドリアにゆだねられていることを示します。ミトコンドリアにかかるストレスが大きいとパイロトーシスを選択すると考えられます。ミトコンドリアは「裁判官 兼 死刑執行人」と呼ばれています。

ミトコンドリアのストレスとは、膜電位の異常や酸化ストレス、異常タンパク質の蓄積などです。このシリーズの(3)で見たようにミトコンドリアは大きさも、膜電位の強さも、著しく変化します。人それぞれに必要なエネルギーも違えば、食事も違います。つまり条件次第でミトコンドリアは変幻自在に変化します。

酸化ストレスとは、細胞は常に活性酸素による酸化ストレスを受けており、エネルギー生産工場であるミトコンドリアはその発生源です。ただしエネルギーをたくさんつくると活性酸素が増えるわけではなく、規則的な生活と適度な運動によって活性酸素を減らすことがきます。

異常タンパク質の蓄積とは老廃物がたまることを示しています。細胞内ではミトコンドリアはリソソームや小胞体とつながってそれらの調整を行っています。細胞内の廃棄物処理工場であるリソソームでの処理が追いつかなくなると、小胞体からごみ入りのエクソソームとして他の細胞に放出されます。これを受け取る方でも処理能力以上にゴミを押し付けられると細胞ストレスになります。

タンパク質が損傷したり、誤って折り畳まれたり、凝集したりすると、分解して除去するのが困難な不溶性凝集体を形成する可能性があります。これらの凝集体は、細胞の機能を妨げ、細胞のストレスや機能不全を引き起こす可能性があります。 ミトコンドリア、リソソーム、および小胞体はすべて、タンパク質の恒常性を維持し、異常なタンパク質の蓄積を防ぐ上で重要な役割を果たします。ミトコンドリアは、損傷したミトコンドリアを選択的に除去するミトファジーと呼ばれる「自殺」を実行して、誤って折りたたまれたタンパク質や損傷したタンパク質の分解を行います。

エクソソームは老廃物を周囲の細胞に運搬する

このように生物細胞は発生の初期からEVの放出と取り込みを通してともに進化してきたと考えられますが、EVの中でも膜小胞MVとエクソソームでは役割が異なることにお気づきでしょうか。膜小胞は細菌が出すEVで、細菌の情報をヒトなどの真核生物が受け取ることができます。一方、真核生物が出すエクソソームを細菌が受け取るかどうかについてはまだわかっていません。エクソソームは人などの真核生物の体の中の細胞間輸送手段と考えたほうがいいでしょう。この輸送手段はさまざまなものを運びます。人の体の中のある細胞で老廃物がたまったとすると、リソソームというゴミ処理工場のような細胞内小器官が取り込んで消化してしまいます。老廃物が大量にあって細胞の中で処理しきれないときは、エクソソームに包んで細胞外に放出します。放出されたごみ入りのエクソソームは他の細胞が取り込んで、そこのリソソームが処理します。

いわゆる神経変性疾患では、それぞれの疾患に特有の変性タンパク質をエクソソームが運んでいることが知られています。アルツハイマー病ではアミロイドβとタウ、海綿状脳症ではプリオンタンパク質、パーキンソン病ではα-シヌクレインなどです。一般にミクログリア由来のエクソソームは、神経炎症や神経変性疾患、脳腫瘍のある領域を拡散させて、神経炎症を広げる可能性があります(A-N Murgoci,etal,2018)。これは受け取る側の細胞のごみ処理場の能力が衰えると、運ばれてきたゴミの処理が追いつかなくなって、ゴミが細胞内に溢れるためではないかと考えられます。

またがんの細胞もエクソソームを放出して、がんの転移に一役買っていることがわかっています。がんは種類によって転移する先の細胞がある程度決まっています。その転移先はエクソソームが先兵となって派遣されるようなのです。エクソソームの行き先を知らせるために名札のようなタンパク質がつけられます。

慢性炎症がさまざまな脳障害をおこす

ここまで見てきたように、神経変性疾患というのはアミロイドβのような老廃物の毒性が単独で神経障害を起こすのではなく、慢性炎症による様々な作用による総合的な神経障害による疾患と考えることができます。

アルツハイマー病では、最初に何かの刺激によってミクログリアのパイロトーシスがおこったと考えられます。その刺激とはグラム陰性菌のLPSだったかもしれませんし、シトルリン化タンパク質やNODタンパク質であったかもしれません。シトルリン化とはタンパク質の構造が変わることで、自己抗体に変化する可能性があります。またNODとは外来微生物の遺伝子パターンの受容体に変異が生じるもので、同じく自己抗体を形成する可能性があります。いずれにしても、何らかの理由によりミクログリアが活性化します。

ミクログリアによるIL-1βの放出が他のミクログリアやオリゴデンドロサイトを活性化して、TNFαなどの炎症性サイトカインの産生を増加させることが示されています。これらのサイトカインは、神経炎症に寄与し、脳内の神経細胞にさらなる損傷を与える可能性があります。

炎症性サイトカインであるTNFαはニューロンやグリア細胞に直接的な損傷を与えるだけでなく、グルコースの輸送や代謝を損なって脳細胞の維持を困難にします。グルコースは脳の大切な燃料源ですので、大食漢の神経細胞とグリア細胞にとってグルコースの供給は大変重要な問題です。TNFαは血液脳関門を通過するグルコース輸送を損なうだけでなく、脳内部でグルコースの利用を制限して、エネルギーがつくれなくなることが示されています。

グルコース代謝とエネルギー産生の障害は、神経変性疾患やその他の脳障害につながる可能性があります。たとえば、グルコースが使えなくなることは、神経伝達物質が働かなくなって、認知障害や行動障害につながる可能性があります。また、酸化ストレスと活性酸素種の生成を増加させる可能性があり、神経細胞の損傷や細胞死に至る可能性があります。

脳内のTNFαによる、このような代謝異常は、認知症に限らずさまざまな脳障害で観察されています(Sarit Uzzan, 2021)。

筆者について

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