サイトカインがすべての黒幕
サイトカインという言葉もすっかり定着した感があります。サイトカインは侵入者に対する防御のために、多細胞生物が進化させた物質と見ることができます。サイトカインは、感染や炎症などの免疫が活性化すると、免疫系の細胞などがつくる炎症性と抗炎症性の小さなタンパク質です。これまでに200をこえるサイトカインがわかっています。
サイトカインは免疫を調節したり、組織の修復と再生に関与したり、さまざまな種類の細胞の活動を調整する上で重要な役割を果たします。
サイトカインは免疫系の機能に不可欠であり、細菌、ウイルス、寄生虫などのさまざまな感染因子に反応して生成されます。それらは、T細胞、B細胞、ナチュラルキラー細胞などの免疫細胞の活動を調整し、身体からの病原体の除去を促進するのに役立ちます.
免疫応答における役割に加えて、サイトカインは組織の修復と再生にも役割を果たします。それらは細胞の成長と分化を促進することができ、傷の治癒と損傷した組織の再生に役割を果たします。
サイトカインの働きはすごく複雑です。例えば活性化したマクロファージが最初につくるサイトカインがIL-1で、IL-1αとIL-1βがあります。そのほかにIL-1Raというサイトカインもつくります。IL-1RaはIL-1を受け取る側の受容体に結合してIL-1の炎症反応を抑制するサイトカインです。つまりIL-1RaはマクロファージやT細胞などのさまざまな細胞が出す天然の阻害剤(アンタゴニスト)なのです。どのよ、炎症の進行具合や組織損傷の程度など、さまざまな要因によって調整されるようです。このようにサイトカインは出す側、受け取る側、細胞膜に固定されている受容体と細胞膜から切り離された受容体、作動剤と阻害剤というようにプレーヤーがたくさんいて、単純に思った通りには行かないところがあります。
ミクログリアやマクロファージのパイロトーシスによって炎症物質がまき散らされ、その刺激によって他の免疫細胞がTNFαなどのさらに強力なサイトカインをつくります。炎症におけるサイトカインはIL-1β、次にTNFαといろいろなサイトカインができますが、もっとも影響力が強いのはTNFαです。
TNFαはマクロファージがつくる腫瘍を殺す成分として発見され、腫瘍壊死因子(TNF)と名付けられました。一時TNFβと呼ばれた物質があったためTNFαと呼ばれますが、いまはTNFαだけですので、TNFでも同じです。
TNFαはマクロファージをはじめ、すべての種類の細胞に影響を与えます。TNFαの受容体にはデスレセプター(死受容体)と呼ばれるものがあります。これを刺激された細胞はアポトーシスかパイロトーシスを起こして死に至ります。図7に示した右端のTNFが細胞に入るところに、このデスレセプターがあります。
アポトーシスかパイロトーシスかが運命の分かれ目
マクロファージの自爆死が炎症の始まりということを説明してきましたが、細胞の死が炎症を起こさないこともあります。それがアポトーシスです。アポトーシスは炎症を起こさない静かな死です。発生の時から計画されたアポトーシスもありますが、デスレセプターの刺激を受けたり、内部の事情により開始されるアポトーシスもあります。アポトーシスで死んだ細胞は、小さな粒に分割されます。それはアポトーシス小胞といわれるもので、EVのうちのひとつでもあります。残ったものは最終的にマクロファージが食べて片付けますが、一部のアポトーシス小胞はまわりの細胞にいろいろな情報を伝えます。それは危険であることとか、侵略者の特長(抗原)であったり、あるいはまわりの健康な細胞を成長させる因子などです。
デスレセプターの刺激を受けた細胞が、パイロトーシスとアポトーシスのどちらを選ぶかはいろいろな条件によって変わりますが、TNFαの量と期間は重要な要素です。
長期のTNFα産生は、慢性炎症や組織損傷につながり、さまざまな自己免疫疾患の原因になります。
TNFαが神経細胞を障害し、痛みをつくる
TNFαは神経細胞を直接損傷する可能性があります。TNFαはアポトーシスやパイロトーシスなどの細胞死経路を活性化してニューロンやグリア細胞の死を引き起こすことができます。さらに、TNFαは血液脳関門を壊して、免疫細胞が中枢神経に入り込んで、さらなる炎症や神経細胞の損傷を引き起こす可能性があります。
またTNFαは神経細胞の表面にある受容体に結合すると、細胞内シグナル伝達経路を活性化して感受性を高めて「痛み」を発生させます。さらに、TNFαは神経系に変化を起こして長期的な痛みを感じやすい状態を引き起こして、慢性疼痛の発症に関係すると考えられています。
痛みのメカニズムは複雑で多くの要因がありますが、TNFαが神経細胞に作用することによって、炎症に関連する痛みが発生して、それが継続する重要な要因となっていると考えられています。
TNFαは眠りを妨げる
TNFαは眠りを妨げ、概日リズムを乱す可能性があります。概日リズムは、概ね24時間周期で行動する動物としての生活リズムで、脳の視床下部によって調節されます。このリズムによって、睡眠や代謝、免疫機能などのさまざまな生理的プロセスの一日の調節が行われます。つまり概日リズムが乱れると、睡眠と覚醒の一日のリズムが乱れ、睡眠障害、代謝障害、自己免疫疾患や行動異常を引き起こす可能性があります。
また最近の研究では、TNFαがデフォルトモードネットワーク(DMN)の活動を低下させる可能性があることがわかっています。DMNとは、何もしていない休息状態で活発になる脳の働きです。無意識の領域にあたると考えられています。この無意識の領域が記憶の整理と統合を行っており、記憶の定着に関係しているようです。
TNFαはグルコース輸送体を阻害する
糖尿病とは血液中の血糖値が高くなる病気ですが、細胞がグルコースを取り込む入口となるグルコース輸送体が働かなくなるために、血管中のグルコースが多くなることが原因です。その結果、細胞はグルコースを取り込めなくなって筋肉が痩せてきたり、体重が減ったりします。その原因がTNFαなのです。
グルコース輸送体は細胞膜にできる膜タンパク質です。グルコース輸送体などの膜タンパク質は、細胞内の小胞体という小器官でつくられて細胞膜に移動します。ふだんは舞台裏の小胞体で控えていて、出番が来るとステージ(細胞膜)に上がって配置につくようなイメージです。TNFαはグルコース輸送体を含む特定の膜タンパク質の細胞膜への移行を阻害することが確認されています。
具体的には、グルコース輸送体GLUT3は主に神経細胞で機能します。GLUT4は主に筋肉組織や脂肪組織にできるグルコース輸送体で、インスリンの刺激に応じてグルコースの取り込みを行います。TNFαが作用すると、GLUT4の発現が阻害されるためにインスリンが効きにくくなります。これがインスリン抵抗性といわれるものです。
TNFαによってグルコース輸送体の移動がじゃまされると、細胞のグルコース取り込みの減少につながります。ニューロンやグリア細胞は大量のグルコースと酸素を消費する大食漢の細胞です。特にオリゴデンドロサイトは1日に自分の細胞の3倍の重量のミエリン鞘をつくり、自分の重量の100倍ものミエリン鞘に栄養を送っています。そのため炎症によるサイトカインの影響があると、ミエリン鞘が不完全になり「脱髄」がおこります。
TNFαによるグルコース代謝障害が血糖値異常や認知機能低下などを引き起こす原因は、このような理由によると考えられます。
TNFαが阻害する膜タンパク質はグルコース輸送体だけでなく、水輸送チャネルであるアクアポリンの発現も阻害するようです。アクアポリンは脳せき髄液の排出にも関係していますし、涙や唾液の分泌にも関係しています。