細胞外小胞EVが健康に革命を起こす (4)

pyroptosis

認知機能低下の真犯人は、炎症そのもの

アミロイドβの蓄積が認知機能低下の原因といわれていますが、世界中でアミロイドβをターゲットした医薬品開発は行き詰っており、研究者は別のターゲットを探しています。

実は、以前から活性化されたミクログリアが炎症物質を出して神経損傷をおこすことは多くの研究で明らかになっています(E Vegeto, et al, 2001)。

ニューロンは比較的じょうぶな細胞で、ニューロンを支えるグリア細胞の方が激務で先に老化してしまうそうです。脳細胞の8割を占めるグリア細胞、つまりミクログリア、オリゴデンドロサイト、アストロサイトがニューロンを含めたネットワークを作り上げています。ここはちょっと重要なところで、岩立康男著「脳の寿命を決めるグリア細胞」青春出版社(2021)に詳しいです。

少し引用させていただくと、まず認識を改めないといけないのが、脳は神経細胞のかたまりではないということです。神経細胞はたったの2割しかありません。むしろ脳はグリア細胞のかたまりであると言えます。

脳の中ではオリゴデンドロサイトというグリア細胞がつくる「ミエリン鞘」という絶縁物質がニューロンの軸索にしっかりと巻き付いています。ミエリン鞘があることで軸索の中を電気信号が混線せずに素早く通ることができます。ミエリン鞘はニューロンへの栄養供給や、軸索が変な方向にのびたりするのを防ぐ作用があります。

またアストロサイトはニューロンが働くためにニューロンの周りのイオンや神経伝達物質の濃度を調整したり、血液からの栄養を供給したりします。ニューロンは血管とは直接接していないため、血中物質の受け渡しはすべてアストロサイトを介して行われます。

通常はニューロンにとって唯一のエネルギー源であるグルコースは、GLUT(グルコーストランスポーター)という輸送体を介してアストロサイトに取り込まれ、乳酸に変えられてニューロンに運ばれます。ニューロンは乳酸をエネルギーに変えて活動することができます。ニューロンは大食漢でこの作用がないと飢餓状態になってしまいます。もう一つ重要なのが血管とアストロサイトの間には、髄液腔という脳内の老廃物を排出する経路があるのです。動脈側の血管周囲腔から脳せき髄液が脳内に入って老廃物を洗い流して、静脈側の血管周囲腔に排出されます。この脊髄液の輸送を行っているのがアクアポリン4という水チャネルタンパク質です。この作用は睡眠中に高まることが報告されています。

アミロイドβの沈着は、脳内の炎症レベルが上昇するに伴って増加することが報告されています(Ozben T, et al, (2019))。また炎症物質によってグルコースの輸送障害がおこり、脳内の栄養状態を悪化させています。

さらに炎症による睡眠障害によって、脳内のゴミである変性タンパク質の処理が滞ることもわかってきて、結局、認知症は、単純にアミロイドβの蓄積によって神経細胞が死ぬのが原因ではなく、脳内炎症に伴う様々な要因を総合的に受けて、神経細胞が徐々に死んでいく病気と考えられます。

これらの現象はニューロンだけの問題ではなく、ミクログリアはもちろん、ニューロンに栄養を補給するアストロサイト(星状細胞)やニューロンの周りにミエリン鞘をつくるオリゴデンドロサイトなど、脳全体の機能がニューロンの死と関連することが明らかになっています(MulicaP,etal,2021)。

認知機能低下はすべての人がなる可能性のある症状であり、病気というよりもむしろ老化現象の一つといえます。ここでもやはりミクログリアの自爆死が炎症の出発点と考えられます。

自爆死が炎症の出発点

さてここでもう一度、前回ご紹介した難しい図に戻って炎症とは何かを考えてみましょう。

パターン認識から膜穿孔の形成まで (D. Song, et al,2022、一部改変)

上図の左下を見ていただきたいのですが、カスパーゼ-1という物質がpro-IL-1βとpro-IL-18を分解して、IL-1βとIL-18をつくります。IL-1βとIL-18は炎症性サイトカインといわれるタンパク質で、IL-1ファミリーといわれるグループに属します。これらはミクログリアが自爆死を迎える前から孔(ポア)を通って細胞の外に漏れ出していることがわかっています。そしてマクロファージが自爆死(パイロトーシス)を起こした後、一連の炎症反応がおこります。

IL-1βは炎症のスタート物質といえるもので、細胞の外に出たIL-1βは他のミクログリアや樹状細胞などを刺激して、TNFαやIL-6などのさらに強力な炎症性サイトカインがつくられます。これらのサイトカインが様々な影響をもたらすことになります。つまり炎症とは、ミクログリアがパイロトーシスを起こして細胞内容物をまき散らし、まわりの細胞を刺激することによって起こるのです。

さてここまで読まれた読者はどのような感想をお持ちでしょうか。炎症が細胞の自爆でおこっているとか、細胞に孔があくとか、いったい何を言っているのだと思っていらっしゃるのではないでしょうか。実は私たちもこのようなことは予想もしていませんでした。しかし2020年の初めから世界中を襲った新型コロナの感染によって、炎症の実像が見えてきたのです。感染した免疫細胞は自爆して炎症を進め、いわゆるサイトカインストームが死に至る原因となりました。サイトカインこそが炎症をコントロールするカギであり、その根本の原因がマクロファージなどの自爆死にあるということなのです。次回はこのサイトカイン(炎症物質)についての話です。

筆者について

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