細胞外小胞EVが健康に革命を起こす(3)

大腸菌由来EVをかけたミクログリアはほとんどが自爆死することを紹介しました。大腸菌はグラム陰性菌という分類の菌です。グラム陰性菌が細胞外小胞を出すことは1960年代からわかっていました。

グラム陰性菌の細胞膜にはリポ多糖(LPS)という糖脂質がついています。LPSは毒性があることから、「内毒素(エンドトキシン)」といわれています。

マクロファージのセンサーがこのLPSを感知して炎症を起こしますが、グラム陰性菌のEVにもLPSがついていて、炎症を起こす原因になることがわかってきました。つまり「風が吹けば」のもっと前に、風が吹く原因がありました。

マクロファージの自爆死によって炎症が始まる

慢性炎症はなぜおこるのか

炎症の始まりは、脳ではミクログリア、脳以外ではマクロファージがLPSなどの刺激を感じて細胞膜に孔(ポア)をつくるところから始まります。下の図は、この時のマクロファージの中で起こっていることを表しており、ちょっと難しい図ですが、重要なので少し詳しく説明したいと思います。

グラム陰性菌のLPSによる刺激(中央紫地のBacteria)によって、細胞の膜に孔(pore)が開くまでの流れです。少し複雑に見えますが実際にはもっと複雑で、よくこんな複雑な仕組みをつくったものだと感心します。最終的には細胞膜につくった孔(ポア)によって細胞膜は破裂して自爆死を起こします。これが自爆死(パイロトーシス)のメカニズムです。

パターン認識から膜穿孔の形成まで (D. Song, et al,2022、一部改変)
左端のDAMP、PAMPというのがダメージ関連の分子パターンと病原体関連の分子パターンのことで、TLRやCLR、NLR、RLRというのがセンサーの名前です。中央右側のYersiniaはエルシニア属の細菌で、ペストの原因菌のペスト菌もエルシニア属の細菌です。これらの細菌はほとんどがグラム陰性菌です。右端にはTNFというサイトカインと化学療法薬(いわゆる抗がん剤)によっても、この現象が起こることが示されています。

パイロトーシスという名称は、火を意味するギリシャ語の「pyro」を使った造語です(M A Brennan, et al, 2002)。その前にアポトーシス(apoptosis、ギリシャ語の「apo(離れる)」と「ptosis(落ちる)」)という細胞の死が提案されていて(J Kerr, et al, 1972)、それに合わせたようです。アポトーシスは炎症を起こさない静かな細胞死です。

少量の毒が健康によい場合もあります。LPSについても同じようなことが言えます。グラム陰性菌が侵入すると、LPSを感知するマクロファージのセンサーであるTLRの4番が刺激を受けて、自然免疫の細胞が炎症性サイトカインを放出して炎症を起こします。そしてさらにその病原体の情報をT細胞に渡します。T細胞は獲得免疫の細胞で、高度な免疫システムに引き継がれます。このようにLPSは炎症をおこすものの免疫全体を活性化する効果もあります。「免疫力」を高めるとは「炎症」を強めることなのです。

ChatGPTで生成した脳細胞のイメージ

脳機能低下もミクログリアの自爆死から始まる

さて、ミクログリアの自爆死は、脳にどのような影響を与えるのでしょうか。神経細胞(ニューロン)は脳細胞の2割に過ぎず、残りの8割はグリア細胞が占めています。そのグリア細胞の一つであるミクログリアがすぐ近くで自爆するのですから、まさしく自爆テロに巻き込まれたのも同じです。

ミクログリアはどうしてこのような自爆テロを起こすのでしょうか。ミクログリアは脳内のマクロファージです。マクロファージは全身の臓器に配置されていて、傷を負って細菌やウイルスに侵入されたときなどに、それを感知して自爆することで病原体の増殖を抑止することができます。さらにその病原体の特徴を他の免疫細胞に伝えて、より高度な獲得免疫を誘導することができます。炎症で血液脳関門が緩んで、病原体が脳内に侵入することはありますので、このような防衛体制は有効ではありますが、問題なのが病原体の侵入がなくてもミクログリアは勝手に自爆テロを起こしてしまうことです。

認知機能の低下は、アミロイドβなどの変性タンパク質の蓄積が原因と考えられてきました。しかし変性タンパク質の蓄積は原因でもあり、結果でもある可能性があります。

ライラEVを初代ミクログリアにかける実験では、アミロイドβも一緒にかける実験も行いました。この実験では、ライラEVをかけた初代ミクログリアは、パイロトーシスを起こさずに、どんどんアミロイドβを取り込みました。大腸菌EVをかけた初代ミクログリアはパイロトーシスを起こして死んでいき、取り込むアミロイドβの数も少なくなりました。

マクロファージは変性したタンパク質や死んだ細胞の処理をします。脳内のマクロファージであるミクログリアも、脳内にたまった変性タンパク質や死んだ細胞の処分をしています。脳内ではアポトーシスを起こした不要な神経細胞を貪食したり、余分なシナプスの「刈り込み」をします。「刈り込み」とは、神経活動を行っていないシナプスを認識して貪食することで、そのためかミクログリアは定期的にシナプスにトントンと接触しているようです。 このように脳内に限らず、体内にたまった変性タンパク質や死んだ細胞などの、いわばゴミの処理が、生体内の特に脳細胞の維持にとってとても重要です。しかしいったん炎症状態になってしまうと、このゴミの処理が滞ってしまいます。さらに炎症によって様々な「老化現象」を招く結果になります。次回は認知機能低下の真犯人に迫ります。

筆者について

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