便秘は身近な問題ですが、あまり科学的な研究はされてきませんでした。研究してもあまり学術的な価値がないと考えられてきたからでしょう。しかし最近になって多くの便秘薬や下痢止め薬が登場しています。
これらの医薬品を使うメリットはどこにあるのでしょうか。本稿では専門家の方にも、便秘とは何か、下痢とは何かについて知っていただきたいと思い、この問題を再考します。
便秘とは何か、下痢とは何か
最近、便秘や下痢、オナラの問題で悩む人が増えていて、一種の社会現象にもなっています。私も腹痛や下痢が所かまわず突然襲ってきて、ちょっと気を許すとオナラが出そうになるので、常にお尻の筋肉に力を入れている生活が約30年続きました。
便秘と下痢は反対の作用と考えられていますが、なぜか同時に起こる場合があり、この症状を過敏性腸症候群(IBS)混合型といいます。15%前後の人が何らかの便通異常で困っているといわれています(日本消化器病学会 機能性消化管疾患診療ガイドライン 2014—過敏性腸症候群(IBS))。
一般には便秘というのは腸の活動が停滞する状態で、下痢は逆に活発になりすぎる状態と考えられています。つまり便秘と下痢では蠕動運動が不活発になったり、過剰に活動的になったりするというものです。
便秘と下痢を繰り返す人とか、便秘のあと下痢になるという人に対して、その両方を同時に解決する薬というものはありませんので、どちらかを優先することがあると思います。どちらを優先するにしても、腸が活発な状態と不活発な状態のような曖昧な定義では、どうしていいやら困ってしまいます。
便秘と下痢の両方をよくするには、まず便秘となにか、下痢とはなにということを考える必要があります。
便秘と下痢の原因を教えてくれるのはミミズ?
消化管について皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。
一本の管に筋肉(平滑筋)が取り巻いて、その周りに神経があって筋肉に指令を出して蠕動運動を行います。ちょうどミミズのようなものを想像するといいと思います。
腸(消化管)は独立国のようなもので、エネルギー的にも命令系統も中枢から独立ししています。腸管のエネルギーは大腸で腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸(主に酪酸)です。
酪酸は腸管の蠕動運動のエネルギーとなって、上皮細胞の増殖にも使われます。腸管の蠕動運動は腸内容物の刺激や酪酸によって腸管自身がコントロールしています。
つまり腸は脳からの指令がなくても自律的に動くことができるのです。ミミズには脳も中枢神経もありません。細かな部分を除くとミミズは腸(口から肛門まで)と皮膚だけでできた生物といえます。その腸と皮膚だけの生物が食べ物を見つけて食べて消化して排出します。
腸管は最初にできた臓器であるために、生きるための仕組みが備わっているのです。進化の過程で消化管と腸管神経が先にできて、中枢神経は後からその中に割って入りました。その形は現在の腸管神経系にも引き継がれていて、緊急時だけ中枢からの指令が入ります。自動運転の車に人が乗っているイメージです。
便秘と下痢の違いは蠕動運動の差ではない
便秘とは「便の排出が滞って健康や生活に支障をきたす状態」といえます。下痢については「水様便のために健康や生活に支障をきたす状態」と定義します。
「便秘なのに下痢」の状態は、「固形便や水様便の排出が滞って健康や生活に支障をきたす状態」とすれば実態に合います。
便秘と下痢の定義にこだわるのは、それによって対応の仕方が変わるからです。
冒頭で述べた、便秘とは腸の活動が停滞し、下痢は腸の活動が異常に高まった状態というのは単なる推定にすぎず、原因といえるものではありません。便秘と下痢の原因はもっと別のところにあります。
腸で起こる二つの現象「腐敗」と「炎症」
ミミズの例では食べたものを次々と送り出しますが、ヒトでは便をためておくことができます。
大腸は便をためるために進化したと考えられています。動物が海から陸上に上がった時に、たれ流しでは捕食者に狙われてしまいます。目が発達する前はニオイがエサに気づくサインになります。
便をためるとどうなるかというと、どんどん腐っていくわけです。腐るという意味は細菌が有機物を分解することですが、その途中で腐敗物ができ、様々な病気の原因になります。それが腸のなかでおこるわけです。腸のなかで起こる現象の一つがこの「腐敗」です。
また腸のなかには病原菌やウイルス、寄生虫などの様々な外敵がやってきます。つまり腸のなかは戦場の最前線なのです。動物は進化の過程で様々な免疫機能を獲得しました。それはとても複雑で全容はまだわかっていません。
ただそれは「炎症」という現象であることがわかってきました。動物は炎症を起こして外敵と戦います。
腸のなかでおこるこの二つの現象は、大まかにいうと便秘と下痢に相当します。誰かが言い出した「腸の活動が停滞した状態」が「腐敗」に相当し、「異常に高まった状態」が「炎症」にあたります。
「腐敗」と「炎症」は別の現象ですので、同時に起こることもあります。
従来の便秘対策は、「炎症」を考慮していない
便秘は腸を刺激したり、水分を増やして下痢ぎみにすれば解消するだろうというのが従来の発想です。
たとえば刺激性下剤というのがあります。詳しいことはわかっていないようですが、腸管神経を直接刺激することで蠕動運動を促進するというものです。昔から用いられているこの方法は、だんだんと効かなくなって用量が増え、炎症を起こして癌にもなりやすいといわれています。
また酸化マグネシウムなどの塩類下剤があります。胃酸と反応して塩化マグネシウムとなり、腸内で難消化性の重炭酸塩または炭酸塩となって、浸透圧作用によって緩下作用を示すとされています1)。
しかし酸化マグネシウムで2000mg以上の服用がないと有効ではなく、胃酸との反応で溶解したマグネシウムが吸収されて、高マグネシウム血症のリスクが高くなります。もともと便秘の人は腸内腐敗物(インドール)のために腎機能低下を起こしている可能性があり、高マグネシウム血症は腎臓の炎症を悪化させます。
最近、クロライドチャネル・アクチベーターという種類の下剤が販売されています。これはクロライドつまり塩素(Cl)を取り入れるチャネルを活性化して、腸管内への水分分泌を増やす薬です。
生命は体内と外部を明確に区分しており、そこを出入りする物質を厳密に制御しています。これをバリア機能といいます。バリア機能には2種類あって、一つは細胞の一つ一つに出入りする物質ごとにチャネルというトンネル状のものがあって、イオンなどの水溶性の物質の出入りを管理します。もう一つは細胞同士を縫い付けるTJ(タイトジャンクション)といわれる結び目のようなもので、これを締めたり緩めたりして物質の出入りをコントロールしています。
便秘だからということでクロライドチャネルが勝手に開かれたとすると、生命機構を管理している腸管神経からすると異常事態ですので、炎症反応で対抗する必要があります。このような状況は外から病原菌や植物毒などが入ってきたときに似ています。吐き気や腹痛、下痢などの副作用を起こすのは当然と言えます。
従来の下痢対策は腸を止める
下痢は腸の活動を抑制して停滞させれば水分が吸収されて、下痢は解消するだろうというのが従来の発想です。
セロトニン受容体拮抗薬というのがあります。セロトニンは神経伝達物質でその受容体は腸管にもあって、腸の蠕動運動を促進します。そのセロトニン受容体を邪魔することによって腸の蠕動運動が抑制されます。
下痢の説明としてよく用いられるのが、ストレスによる自律神経への命令系統の乱れです。ならばその命令をキャンセルしてしまえば下痢は治まると考えたのでしょう。「江戸の敵を長崎で討つ」ではありませんが、そのとばっちりで腸内で発生するガスがひどい膨満感をもたらします。この被害にあわれた方はたいへん気の毒です。
下痢の原因は腸の異常な運動にあるのではありません。慢性下痢の原因は別のところにあります。
慢性的な下痢の原因は”炎症”
さきほど述べましたように腸は外敵との戦場の最前線です。そのために炎症を起こして敵をやっつけようとします。そのためにバリア機能を調節してマクロファージやサイトカインなどの炎症物質が出入りして戦います。炎症反応は腸管のバリア機能を破壊し、水分がしみ出てきます。それが下痢の正体です。
セロトニン受容体を抑える方法は、腸が戦っているときに無理やり制止を命じるようなものです。しかし待っていても腸管から水分が吸収されることもあれば、吸収されないこともあります。それは腸内容物の成分によります。
腸内では細菌が酸をつくりますが、酸の種類によって腸管からの吸収速度が異なります。酢酸や酪酸などは速やかに吸収されますが、乳酸やコハク酸は酢酸の100倍以上の時間がかかります。いったん乳酸やコハク酸がたまってしまうと、pHが下がり過ぎて他の酸に変換する細菌も働きません。そのために長いあいだ下痢で悩む人がいるのです。
便秘の原因は”腐敗”
便秘の原因は実はちょっと複雑ですが、ポイントは蠕動運動と腸の形です。その両方に関係するのが”短鎖脂肪酸”です。短鎖脂肪酸とは、酢酸やプロピオン酸、酪酸などのことで、これらは腸内細菌がつくります。
短鎖脂肪酸の一つ酪酸は腸管から速やかに吸収されて、蠕動運動のエネルギーになったり、上皮細胞の増殖にも使われます。酪酸が不足すると、タイトジャンクションが緩んでバリア機能が低下します。そのため腸自体も弛緩します。短鎖脂肪酸の不足が長く続くと、エネルギー不足で腸管の萎縮が進みます。
蠕動運動が弱くなるだけでなく、弛緩した腸が折れ曲がったり、萎縮した腸が細くなったりして内容物の進行を妨げます。
短鎖脂肪酸がつくられるのはpH5~6.5あたりの弱酸性の環境です。酪酸をつくるのは主にクロストリジウム・クラスターXIVaやIVに属する酪酸産生菌で、誰の腸内にもいる菌です。酪酸は腸管のエネルギーになるだけでなく、がん細胞のアポトーシスをおこしたり、制御性T細胞(Treg)を増やして過剰な免疫応答の調整に関与しています。また酪酸はタイトジャンクションを強化してバリア機能を高めます。
短鎖脂肪酸は腸内細菌がつくると説明しましたが、そのエサになるのが大腸に届く糖質です。一般に食物繊維といわれますが、実際には摂取量の多い澱粉(レジスタントスターチ)が短鎖脂肪酸の産生に最も寄与します2)。
食物繊維の摂取が少ないと短鎖脂肪酸になるためのエサが不足し、pHが上昇して”腐敗”になります。
ロゴス(論理)とピュシス(自然)
青山学院大学教授の福岡伸一さんが、「生命はピュシス(自然)の中にあり、ロゴス(論理)で決定することはできない」といわれており、なるほどと思いました。
ロゴス(論理)が行き過ぎると、自分の都合の良いように論理を組み立てて、世間を操作することが可能になります。しかしそれは本来のピュシス(自然)とは違います。
ピュシス(自然)はひとつですが、ロゴス(論理)はたくさんあります。様々な作用機序の便秘薬や下痢止め薬が登場したように。
しかしこれらのロゴスは複雑化し、現実からは離れてしまいます。なぜかというと西洋医学では腸内細菌(生物学)の知見が生かされていないからです。
今回のCOVID-19の猛威で明らかになったように、宿主の免疫が自分自身を生命の危機に陥れています。生命は、多細胞生物ー単細胞生物ーウイルスなどが、時に共生し、時に敵対しながら存在しています。
便秘や下痢についても制圧するのではなく、共生する立場でこの現象をとらえることで、解決の道が見えてくると考えています。
医療関係者の皆様に私たちの持っている情報を提供するとともに、私たちが開発したライラック乳酸菌の販売にご協力いただける病院・クリニック・動物病院様を募集しています。
参考文献
1)Kumagaya H., ”Rinshoyakurigakutaikei”, Vol. 8, ed. by Yoshitoshi Y., Ishikawa K., Mashimo K., Nakayama Shoten Co., Ltd., Tokyo, 1966, pp. 255-264
2)原, 腸内細菌学会誌, 16, 35-42, 2002