糖質制限は命を削る-本当は怖い糖質制限
糖質制限(糖質オフ)ダイエットは命を削るダイエット
最近、「糖質制限」という言葉が流行しています。もともとは糖尿病患者のための食事療法でしたが、ダイエットに取り入れて急激な減量に成功した体験が広く紹介されて人気となりました。
糖質制限ダイエットをしていて急死した桐山さんは、3週間で20kgのダイエットに成功したそうです。桐山さんは糖尿病でした。糖尿病患者がケトアシドーシスを起こして心不全に至るケースは結構あるようです。
糖質制限は体のバックアップシステムを作動させる
ほとんどの生物は、平常時にはブドウ糖を代謝してエネルギーを取り出しますが、糖質制限をすると体内でブドウ糖が不足しますので、蓄えたグリコーゲンから消費し始めます。
次に、肝臓で遊離脂肪酸やアミノ酸からブドウ糖をつくります。これを糖新生といいます。さらに糖質制限が長期に及ぶと脂肪酸からケトン体がつくられて、脳などのエネルギー源になります。
平常時は主にブドウ糖が使われますが、糖質制限時にはケトン体も使われるようになります。
ケトン体とは、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸、アセトンの総称で、人の体内では、脂肪酸から肝臓でつくられます。このケトン体は、脳だけでなく筋肉や心臓など、肝臓以外の各組織で、エネルギー源として使われます。
ケトン体はブドウ糖に変わるバックアップシステムなのです
糖質制限の危険性
このバックアップシステムは、肉食動物の進化の過程では無くてはならないものだったはずです。肉食動物はエサを取れたものだけが生き残ることができました。ほとんどの時間は腹ペコで過ごしていたはずです。
現在の状況はこれとは違い、生存に関係なく食べることができます。特に糖質制限を行っている場合は、タンパク質や脂質(脂肪)が増えます(高脂肪食といいます)。
ケトン体が増える段階を「ケトーシス」といい、酸性物質であるケトン体が増えて血液の酸性が強くなる「ケトアシドーシス」に至って、吐き気や腹痛、意識障害といった症状を起こします。重症化すると腸管の拡張や壊死、心不全を伴うこともあります。
ケトアシドーシスは糖尿病患者で多発しますが、アルコール依存患者がビールと焼き肉を食べた後に意識障害に陥ったケースなども報告されています1)。
糖質制限食は食経験のない未知の生活スタイル
糖質制限食は狩猟時代の食事?
糖質制限を勧める人の理論として、人間は農耕を始めるはるか前から狩猟生活をしてタンパク質中心の食事をしていた、というものがあります。だから糖質はとらなくてもだいじょうぶというのです。
しかしこれまで肉を好きなだけ食べて長期間安全に生きられることを証明できた人はいません。
縄文時代の平均寿命は、30歳~35歳(15歳まで生きた人)と推定されています。江戸時代の農村のデータでは、平均寿命59歳(15歳まで生きた人)だそうです2)。
ヒトも動物ですから子孫を残すことが最優先です。食料事情の厳しい時代に、生殖期間を超えて長生きすることは難しかったのだと思います。
農耕によって穀物を比較的安定して食べられる時代になって寿命が伸びるのは当然です。
糖質制限食は臭いオナラをつくる
現在ではほとんどの感染症は克服され、平均寿命80歳の時代を迎えています。動物としての限界に挑戦するような長寿の時代を迎えて失敗しないためには、過去の食経験に基づいて生活スタイルを決めた方がリスクが少ないはずです。
糖質制限(糖質オフ)ダイエットは言い換えれば高タンパク高脂肪食ダイエットです。タンパク質中心の食事は腸内腐敗によって臭いオナラになります。
→臭いオナラはなぜ体に悪いのか(動物に学ぶ健康1)
肉食vs草食、健康に有利なのはどっち?
ヒトの腸は肉食動物と草食動物の中間に位置し、いわゆる雑食に対応できる仕組みになっています。進化の歴史から見ると、基本形は肉食で、草食と雑食は肉食から進化したものと見ることができます。
草食動物が現れたのは3億年前頃にいろいろなところで別個に始まったと考えられています。共通して取られた戦略が微生物を味方につけることです。
植物をエサとして摂るには固いセルロースを分解する酵素が必要で、それを持っているのが微生物だったからです。
草食動物のとった戦略は、「発酵タンク」をどこに置くかで4種ほどに分類できます。牛の前発酵システムはそのうちの一つです。
進化の歴史の中に答えはある
発酵タンクを備えて雑食への道へ
ヒトの体は、肉食動物を基本形としますが、草食動物の特徴も取り入れることで、雑食という食性を獲得しました。
ヒトがとった戦略は、馬型の後発酵システムでした。
後発酵システムでは、小腸までで消化吸収されなかった炭水化物を、大腸の近位で発酵して、短鎖脂肪酸という体に良い酸をつくります。その短鎖脂肪酸を吸収して、腸の蠕動運動のエネルギーや、腸の細胞増殖に使います。馬などの草食動物では、この大腸で生成された短鎖脂肪酸が主要なエネルギー源になっています。
ヒトと馬の違いは、ヒトは草を大量に食べるわけではないので、盲腸は発達しておらず、上行結腸が小さな発酵タンクになります。そのため固い食物繊維は発酵できません。
使わないと衰弱するヒトの腸
短鎖脂肪酸をつくるのは腸内細菌であり、ヒトが食べる炭水化物です。ヒトの場合、発酵に寄与するのは炭水化物のうち糖質の占める割合が多くなります。この糖質を食べなくなるとどうなるのでしょうか。
かつて腸の手術などで点滴(静脈栄養)が多く使われていましたが、長く消化管を使わないと様々な弊害を生じることがわかってきました。
腸管はムチンという粘膜で覆われており、病原菌などの侵入をバリアすることが一番大事な役割です。
糖質制限で腸管に栄養が流れてこなくなると、腸管が栄養不足になってこの防御機能が働かなくなるのです。
腸管バリア機能は腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸によって維持されていることが明らかになってきました。
バリア機能が低下するとは、透過性が亢進(こうしん)すること
バリア機能が低下することで、腸内細菌や真菌が腸管壁を通って、リンパや血管 などに侵入することがわかってきました。
生菌だけでなく、腸内の死菌や毒素・さまざまなアレルギー源となる大きな粒子が、腸管バリアを超えて体内に侵入することも起ります。
この現象はこれまで多くの動物実験で証明されてきましたが、ヒトにおいてはあまり重視されてきませんでした。腸管のバリア機能、言い換えれば透過性についての検討は、現在最もホットな研究テーマの一つです3), 4)。
いったん雑食への道を歩み始めたヒトが肉食に戻ることはできない
糖質制限では腸管バリアが破綻して慢性炎症を起こす可能性が
動物を使った静脈栄養の実験では、通常のエサで育てた場合と比べて、腸管の萎縮(絨毛など),腸間膜リンパ中の細菌数の増加などが報告されています。ヒトでも静脈栄養では小腸の粘膜層や腸上皮細胞数の減少などが報告されています。
バリア機能の低下によって腸の壁を超えた細菌や毒素が大量の炎症性物質をつくって、それが全身の炎症反応や多臓器不全の引き金になっている可能性があります。
短鎖脂肪酸の健康効果に注目!
草食動物が腸内発酵を行う目的は、短鎖脂肪酸をつくることです。馬型の後発酵システムでは必要なエネルギーの多くが短鎖脂肪酸で賄われています。
短鎖脂肪酸は腸内を弱酸性にすることで、二次胆汁酸をできにくくするため、大腸癌等の予防につながります。二次胆汁酸は悪玉菌によって胆汁酸からつくられるので、腸内細菌とのつきあい方を間違えると、天と地ほどの違いが出ます。
また、短鎖脂肪酸はがんの発症を抑えるだけでなく、肥満や糖尿病の予防・改善効果などがあり、動物が健康に暮らすために欠かせないものです。
草食動物は肉食動物から進化して、無尽蔵の草を食料とすることができるようになりました。そればかりではなく、腸内細菌を使って長生きできるシステムにまでつくり上げました。
私達ヒトは、草食動物の良いシステムを取り入れた肉食動物であり、そのシステムを活かすしか選択肢がないのです。
1) 春木ら, 糖尿病性ケトアシドーシスに合併した非閉塞性腸間膜虚血症の1例, 日本腹部救急医学会雑誌, 30, 3, 487-490, (2010)
山田ら, 炭水化物の消化・吸収・発酵とその利用, 栄養学雑誌, Vol.59, No.4, 169-176 (2001)
2) 明日香さん, 狩猟採集と農耕の寿命比較, https://ameblo.jp/future3001/entry-10968864131.html
3) 深柄ら, 消化器疾患と栄養療法, 日消誌, 106, p.623-630 (2009)
4) 福島ら, Bacterialtranslocation(BT)と臓器不全, 日外会誌, 99, 8, p.497〜503,(1998)